野象法

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タイでは“ chaang phuak ”(タロイモの色に似た象)としての要件が細かく決められています。それによると・・・

1.目が白い
2.口蓋が白い
3.爪が白い
4.毛が白い
5.地肌が白、又は、土鍋の色
6.尻毛が長い
7.陰のうが白、又は、土鍋の色・・・とあります。

象法の定義によれば、地肌の白い象(アルビノ?)が出現する可能性も・・・なきにしもあらず・・・なのかもしれませんが・・・どうも、そのような前例はないようです。

この要件に合致する象を見つけたときは、象法に従って、国王に報告する義務があります。タイでは、“ chaang phuak ” を所有できるのは国王ただ一人とされているのです。

因みに、現国王は、現在お住みになっているチットラダー宮殿内に、七頭の“ chaang phuak ” を所有されているそうです。

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国王人気o(・ω・´*)c

伝統的に王家に対して崇敬を払うよう国民は教えられているが、実際は自主的に王家を敬うものが殆どで、国王や王妃の誕生日には国中が誕生日を祝うお祭り状態となる。

また、誕生日の前後には、肖像画が国中に飾られる。日常生活においても、国民の各家庭やオフィスビル、商店や屋台に至るまで、国王の写真、カレンダーや肖像画が飾られている。映画館では本編上映の前に『国王賛歌』と共に国王の映像が流され、その間観客は起立し敬意を表わすのが慣わしとなっている。現代でも不敬罪が存在する数少ない君主国であり、最近も国王を侮辱する画像が掲載されたことを理由にYouTubeへの閲覧アクセスが長期にわたり遮断された。

特に現国王であるラーマ9世(プーミポンアドゥンラヤデート)は、その人柄と高い見識から国民の人気が非常に高い

ワイ★-(・ε・` HELLO!´・з・)-☆

挨拶をするときには、ワイと呼ばれる合掌をする。タイでは今も階級が細かく分かれており(タイの階級も参照)、階級以外にも相手との関係などによって異なった種類のワイの作法が求められる。また、ヒンドゥー色の強い様々な風習や礼儀作法が存在する。

毎日午前8時、午後6時になると駅や公共機関などでは国歌がスピーカーから流れ、国旗が掲揚・降納される。多くの国民が、国歌が流れる間その場に直立する。そうしなかった場合、不敬罪に問われる場合があるので注意を要する

バーンチエン遺跡

バーンチエン遺跡(-いせき、โบราณสถานบ้านเชียง)は、タイ・ウドーンターニー県・ノーンハーン郡にある古代文明の遺跡。ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。
バーンチエン遺跡では土器を中心に動物の骨なども見つかっており、黄河文明・メソポタミア文明とは違った、東南アジア独自の文明として注目を集めている。土器には独特の渦をもった幾何学模様をもつものがあり広く知られている。なお、紀元前数千年というタイの有史以前の時代のものであり、文明の主である民族は今のところ不明とされている。
元々森林地帯であったバーンチエンは小さな村であった。遺跡自体はかなり以前から外に露出しており、その遺跡の土器は、周辺の村人によって拾われ、カメに使われるなど日用品として利用されていた。しかし、1960年に地元の学校、プラチャーチエンチュート学校の教師群がこの土器は実は考古学的な遺産なのではないかと考えるようになり、学校内に保存を目的とした博物館を設置、保存にあたった。同年タイ文部省の発掘が始まった。

アユタヤ歴史公園

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アユタヤ歴史公園は、タイ、アユタヤにあるアユタヤ王朝の遺跡群。周辺の遺跡とともにユネスコの世界遺産に古都アユタヤの名前で登録されている。
アユタヤー遺跡群は、チャオプラヤー川とその支流であるパーサック川、ロップリー川に囲まれた中州に集中している。これは、敵からの防御を考えて中心部の回りに運河を掘ったことによるものである。ワット・プラシーサンペット、ワット・ローカヤスターラームなどの寺院跡、王宮跡が残る。

この遺跡を作ったのは1351年 - 1767年に存在したアユタヤ王朝である。この王朝はナーラーイ王時代には現在のラオス、カンボジア、ミャンマーの一部を領有するほどの勢力を持っていた。中心都市であるアユタヤは、流れの穏やかなチャオプラヤー川に位置し、貿易に持ってこいの地形であった。この貿易に適した地で、王はその独占貿易で莫大な利益を収め、同時に上座部仏教を信仰していた王は、この莫大な利益を元に数々の寺院(ワット)を作り出した。しかし、1767年にビルマ(ミャンマー)の攻撃を受けてアユタヤ王朝は消滅した。同時にアユタヤ市内の建造物や石像は徹底的に破壊され、ほとんどの寺院は廃寺となり、王宮も台座を残すのみとなった。世界的にみてアユタヤの建造物の多くが比較的新しい建造物であるにもかかわらず、そのほとんどが煉瓦のみになっているのは、このためである